西表島のある民宿に泊まった夜、深い森の方から鳴き声がした。ニャー、ニャーと猫の鳴き声そっくりだった。まさかイリオモテヤマネコがこんな近くにいるわけがない。懐中電灯で森を照らすが何も見えない。
調べてみると発情期のリユウキュウコノハズクの鳴き声だった。種の保存のための声、つまり音によるメッセージだ。
今回はシマウタでは「音」がどう扱われているかを見てみよう。
芸能の「音」
さて沖縄で「音」と言えば、三線や太鼓などの楽器、歌声、指笛など芸能にまつわるものがまず浮かぶ。
打ち鳴らし鳴らし 四つ竹は鳴らち
鳴らす四つ竹ぬ音ぬしゅらさ
(歌意)打ち鳴らし鳴らし 四つ竹は鳴らして 鳴らす四つ竹の音の魅力的なことよ
「貫花」(ぬちばな)という人気が高い琉球舞踊で、後半の「南嶽節」(なんだきぶし)の歌詞だ。
両手それぞれに2枚の竹を装着し握ることで「カチャ」と音が鳴る。規則的に連続して鳴らすと踊りの盛り上がりを演出する。乾燥した竹の音が舞踊に色を添えるのだ。
「噂、評判」という意味の「音」
たとぅい仲島や音絶えてぃ居てん
恋渡る人ぬ沙汰や残てぃ
(歌意)例え仲島の噂が絶えてしまっても恋を渡る人の噂は残って
昔、嘉手苅林昌さんたちが好んで唄った「仲島節」の一節だ。
昔、那覇には仲島という遊郭が栄えていた。人身売買の象徴である遊郭なのだが、琉球の芸能がそこで多く生まれていることも事実だ。
「音が絶える」とはその評判や噂が聞こえなくなることを意味する。これは標準語と同じだが、遊郭の「音」には楽器や芸能のリアルな音も含まれている気がする。
音に響まりる大村御殿ぬシンダン木
那覇に響まりる久茂地ぬホーイガジュマル木
(歌意)世間に有名な大村御殿のセンダン木。那覇で有名なのは久茂地の枝を這うように伸びたガジュマル木だ。
カチャーシーに使われる「唐船ドーイ」の一節。このように「音」が響くというのは知名度の高さを意味する。
「音」の発音には注意を
ところで「音」は沖縄語で「うとぅ」と発音する。だが、私たちが普通に「うとぅ」と発音すると沖縄の年配の方の中には「音」ではなく全く別の「夫」という意味を浮かべる方もいらっしゃる。
この「うとぅ」を発音記号にすると ʔutu となる。疑問符によく似た「ʔ」は「声門破裂音」を表す国際発声記号だ。声門破裂音とはこれまでも出てきたからご存知の方も多いはずだが、沖縄の一部の地域を除いて使われる発音の一つ。
例えば「う、う、う、」と「う」を区切って連続して発音してほしい。その一つが「っう」みたいな発音になるだろう。声門破裂音に近くなる。
困ったことに、よく似た発音に wutu がある。こちらは「夫」を意味する。「をとぅ」と書くこともある。だから唄う時には注意が必要なのだ。
現代においては、音のメッセージは電波に乗せたり記録することができるようになった。携帯電話によって「音」の扱いは革命的に変わった。
時間も空間による制限もなくなった「音」だが、中味は同じメッセージである。愛や思いを伝えるコノハズクの鳴き声も沖縄民謡を弾く三線や楽器の音色も、いつまでも変わることはない。
仲島の遊郭の近くにあった「仲島の大石」。右は沖縄県立図書館。
宮崎県出身。沖縄民謡を教えて20年。
2005年にブログ「たるーの島唄まじめな研究」を開設し、沖縄民謡に込められた沖縄の人々の心を伝えたいと正確な発音、語句の意味にこだわり、これまでに500曲近い沖縄民謡を解説し続けてきた。
多くの出版希望の声に応え、待望の書籍化。
監修に嘉手苅林次氏を迎え、200曲以上の歌詞と解説を収録。
おまけページとして、「島唄人物名鑑」「島唄ふるさとMAP」「島唄年表」「島唄語句辞典」も収録。
B5サイズ 424ページ
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たるー(関洋)
宮崎県生まれ。広島在住。
琉球民謡協会教師。
ネットでお馴染みの「たるーの島唄まじめな研究」の著者。
広島で三線教室や「Y O U果報バンド」を主宰。
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